「介護の未来を、道具から変える」現役開発者ケアえもんが、親の介護で後悔しないために。私が「中の人」の視点でこのブログを書く理由

目次

はじめに|介護用品の「プロ」が、自宅で直面した現実と逃避。

私は現在、大手通販企業で介護用品のマーケティングと開発に携わっています。
業界の「中の人」として、日々、便利な道具を世に送り出す。それが私の仕事です。

しかし数年前、父に認知症とパーキンソン病が発覚したとき、私が抱いた感情は「使命感」ではありませんでした。
「めんどくさい、向き合いたくない。」
これが、介護用品のプロである私の本音だったのです。東京での生活を優先し、老齢の母にすべての介助を丸投げして、私は現実から逃げ続けていました。

そんな私が、なぜ個人のブログを立ち上げたのか。
それは、久しぶりに帰省した実家で、父の背中にできた痛々しい褥瘡(床ずれ)と、疲れ果てて父に怒声を上げる母の姿を見て、**「私の知識は、一番救いたい人を救えていない」**という絶望的な現実に打ちのめされたからです。

遠距離介護のリアル|「知人の知人」の情報にすがるしかなかった母の孤独

「これから大変なことになる」
「業界の”中の人”」として、私はその未来を予測していました。でも、私が取った行動は「具体的なアドバイス」ではなく「沈黙」でした。

そこには、母との間にあった「埋められない溝」があったからです。

「施設に入れるなんて、とんでもない。私が見るのが当たり前でしょ」母はそう言い切り、施設に入れることを頑なに良しとしませんでした。自分で最後まで看る。その「在宅介護への強いこだわり」が、老老介護という過酷な道へ母を突き動かしていたのです。

息子として、そして知識がある者として、それがどれほど険しい道か分かっていました。でも、母の強い決意を前に、私は「それなら勝手にしてよ」と、向き合うことから逃げてしまった。帰省したときでさえ、母と真面目に介護の話をすることを避け続けていたのです。

一方で、実家の母は情報の孤島にいました。
スマホで最新の介護情報を検索することもできず、母が頼ったのは「知人の知人」からの、根拠のない噂話や古い情報でした。

母を縛り付けていた「施設=終わり」という先入観

母だけでなく、多くの人が「施設に入れたら家族の絆が終わる」と思い込んでいます。その強い先入観が、結果として母に「老老介護」という過酷な道を選ばせ、私の父の場合、それが病状の進行を早めてしまった一因かもしれない……今ではそう感じています。

一人で孤独に戦う母が頼れるのは、週数回のデイサービスと、時折訪れるケアマネジャーさんだけ。しかし、ここにも大きな落とし穴がありました。

「頑張ること」が正義だという、母の思い込み

母に限ったことではありませんが、日本の介護現場には「道具に頼って楽をすることは、親への愛情が足りないことだ」という、根拠のない遠慮(マインド)が根深く存在します。
母もまた、「まだ自分だけで頑張れるから」と、福祉用具のレンタルを遠慮してしまったり、介護専用用品を使わず苦労を重ねていました。

その結果、要介護3の受給額(保険で賄える予算)を十分に使い切ることもできず、自分一人で重い介護を背負い込み、心身をすり減らしていたのです。

一番身近な母に「制度を使い切ること」「道具で楽をすることは、父の笑顔に繋がること」を伝えられていなかった。この事実は、私にとって「めんどくさい」と逃げていたこと以上に、大きなショックでした。


私は私で、母の頑固さに負けて「どうせ言っても聞かないから」と、介護の話題を避けるようになっていきました。

東京で忙しく過ごす私の日常と、実家で父と向き合い疲弊していく母。
「介護用品の”作り手”」としての介護知識が、一番救いたい家族に全く届いていない。その事実に気づいた時、激しい後ろめたさが込み上げているのを仕事の忙しさで紛らわせていました。


【警告】なぜ、あなたの選ぶ介護用品は「使いにくい」のか

なぜ「良い道具」の情報は、母まで届かないのか・・・。

介護用品のマーケティングや開発に携わっている人間として、私はこの業界の構造的な問題に直面しました。それは、**「本当に困っている家族に、必要な情報が届かない」**という絶望的な情報の断絶です。

介護情報の「ブラックボックス化」
  • 情報の偏り: カタログは個人向けではなく「専門業者」が使いやすいように作られている。
  • ネットの壁: 最も助けが必要な世代ほど、ネットの情報から取り残されている
  • 提案の欠如: 症状の進行に合わせた「生活シーン」の提案が圧倒的に足りない

老老介護をしている私の母にとって、情報源はスマホではありません。ケアマネジャーさんが持ってくる、あの分厚い「福祉用具カタログ」だけがすべてです。
しかし、その中から父の今の症状にぴったりの道具を、母一人の力で探し出すのは不可能です。

父の「褥瘡(じょくそう)」が教えてくれたこと

寝ている時間が長くなった父のベッドが合わず、父は褥瘡(床ずれ)を患ってしまいました。
知識があったはずの私。でも、実際の現場では、父の生活シーンに沿った道具の提案ができていなかった。知識を「使える形」にして母に届けられていなかった。後悔が積もりました。

「赤ちゃん」と「大人」の、あまりにも大きな違い

私は仕事を通じて、この市場の残酷な一面も見てきました。
例えば、赤ちゃんのおむつは、お母さんたちの厳しい目に晒され、メーカーも競うように「快適さ」や「機能」をアップデートし続けます。しかし、大人用の介護おむつはどうでしょうか。

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比較項目赤ちゃん用おむつ大人用おむつ
設計の思想「成長」へのサポート「喪失」を最小化する
進化の方向加算(可愛さ、楽しさ、多機能)消去(目立たない、隠す、無臭化)
評価の基準親の愛情・未来への投資尊厳の維持・介護負担の軽減
市場の原理激しい競争による高速アップデート価格競争(安さ)が優先されがち
だからこそ、選ぶ側には「目利き」が必要

進化が「見えにくい」大人用おむつの真実

赤ちゃん用おむつは「見せてOK」な、明るい未来に向かうプロダクトです。だからこそ進化が分かりやすい。
対して、大人用おむつの究極の進化形は、存在を消し去る「ただの下着」に近づくことです。進化すればするほど、その工夫は見えなくなり、語られなくなっていく。

さらに、マーケティングの世界でも「恥」「老い」といったネガティブなイメージと結びつきやすいため、企業側も赤ちゃん用のような華やかなプロモーションを控えてきた歴史があります。

進化が見えにくい、語られない。そんな大人用おむつの世界だからこそ、何も知らずに選ぶと「安かろう悪かろう」の商品に当たってしまいます。

「自分で『正解』を見極める知識を身に着ける。それが、このブログの存在意義です。」

このブログでお届けする「3つの約束」

忖度なしのレビュー 

商品開発の人間だからこそわかる、その商品本当に良いの?

介護リテラシーの向上

 専門家任せにせず、家族が自分で「正解」を選べる知識を渡す。

「誰でも70点」の再現性

プロの技術がなくても、”道具や知識の力”で最低限の快適さを担保する。

おわりに|一緒に、介護の明日を明るくしましょう

道具一つ、知識一つで、母の腰の痛みは和らぎ、父の肌は守られ、家族の会話に笑顔が戻ります。
このブログでは、私が開発現場で培った「中の人」しか知らない知識を、包み隠さずお伝えします。

介護は、一人で抱え込んで戦うものではありません。
道具を味方につけて、あなたと、あなたの大切な人の明日を、今日より少しだけ明るくする。そのための解決策を、これから一つずつ提示していきます。

私と一緒に、介護の未来を変えていきましょう。

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